パラダイス☆熱海

熱海という治外法権の歩き方を考える。

◯観光ゾーン「ホテル大野屋」

熱海界隈の老舗ホテルではニューフジヤと大野屋が双璧を成している。
ニューフジヤは熱海銀座という歓楽街まっただ中に建つのに対し、大野屋は熱海の外れに建っている。
バブル以降一度潰れ、今では伊東園ホテル系列に入っているようだ。

大野屋には駅から送迎バスも出ているが、歩いて行くこともできる。
熱海銀座を抜け、スナックひしめく清水町を抜け、しばらく歩くとその壮大な建物が目に入ってくる。
とにかく巨大な建造物だ。
観光バスが何台も止まれる前庭を囲むように、何十年にもわたって増築され続けてきた客室棟が建っている。
そのスケール感は宮殿と呼んでも差し支えないようなもので、これが一時代を築いたホテルの様相かと感心する。
現在では空き室が多く全体的にうら寂しい雰囲気が漂っているが、最盛期にはさぞ華やかだったことだろう。

エントランスから中に入ってみる。
正面にレセプションがあり、右手にはゲームコーナーや卓球台が、左手にはロビーと土産物屋が並ぶ。
活気があれば楽しそうだが、人もまばらな現在ではその広さが逆にちょっと怖い。
卓球にゲーム、、ここはファミリー層や社員旅行に特化したホテルなのだなと思う。
最近流行りのこだわり感やムードなどかけらもない。
ただ欲望を消化する装置が雑然と並ぶだけの空間。
こういう空間をどこかで見た気がするなと思うと、共産主義の国だった。
バブル期のみんなは遊ぶことにも真面目だったようだ。

左手のロビー奥にはジブリ映画「おもひでぽろぽろ」で有名なローマ風呂がある。
一度に300人が入れるという。
一体どういう方法でカウントしたのか不思議でならないが、とにかく巨大な風呂だ。
ローマ風呂というものは当時熱海だけでなく全国的に流行ってはいたらしい。
実際ホテル近くの起雲閣にも、ずっとこじんまりしているがローマ風呂が併設されている。
純和風の岩風呂などよりハイカラということか。
ただそれを「とにかく巨大に作ろう」という発想にバブルを感じずにはいられない。
豪華=巨大という浅薄な発想とそれを形にしてしまう資金力。
どんなに見た目がしっかりしていても、実が伴わないとそれは虚しい。
昨今の過剰なほどのクールジャパンの主張も、その病理の根は深いと感じる。

さて右手ゲームコーナーの奥にひっそりと、大野屋で最も印象的な空間が広がっている。
無料カラオケ広場「セブンスポット」である。
これはいわゆるナイトクラブで、おそらく経営難から閉店したのだろう。
現在はカラオケ広場として無料開放されている。
このクラブ、かなり凝った意匠が施されており、赤と青というド原色をベースにしている。
ミラー貼りのバー併設で、ステージ付き。天井ではミラーボールまで回っている。
昭和が濃いなぁ。
そんなギラギラな空間が無人という、このギャップ。
夢は華やかであればあるほど、それが覚めた時の虚しさも大きいに違いない。
どれほど多くの男女がここで踊り、歌い、駆け引きをしてきたのだろう。
もう二度とそんな夢のような時間は戻らないのだ。

有名デザイナーが格好良くデザインしていれば、今のような惨状にはならなかったかも知れない。
けれどこんな風になんの迷いもなく、流行りとか「今このとき」の事だけしか考えていない、そんなデザインが個人的には好きだ。
享楽的で品はないけれど、それもまた人の姿だとしみじみする。

卓球台の脇の階段を上がると、2階には宴会場やプールがある。
宴会場はとてつもなく巨大なものから、2~4人程度が利用するようなサイズまで多様だ。
和風洋風なんでもござれ。
しかし稼働率は往年の十分の一にも満たないだろう。
がらんとした人気のない会場にゴージャスな天井が煌めいている。
もうここで何かが生まれることはない。
改装という画一化や、善意の皮をかぶった意識高い系の人々に、この場所が発見されないことを願ってやまない。
世界にはこういう後ろ暗い場所があったっていいのだ。